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“おばあちゃんと麻雀をやって怒られ…”ベテラン介護職の介護感とは?居宅介護支援あしたば 村島さん

地域のいろんな人を紹介するメディア”ironna” 今回は千葉市花見川区の居宅介護支援事業所「あしたば」の村島さん。事業所立ち上げまでのキャリアや、転機となった「入所してる方が亡くなった時、スタッフが大泣きしたことに衝撃を受けた」体験まで掘り下げて伺います。

合同会社AUK  代表 村島 淳さん
居宅介護支援あしたば 主任ケアマネジャー

異業種から介護の道へ

ー「あしたば」はどんな事業をされているんですか?

2020年の6月に立ち上げた居宅介護支援の事業所で、千葉市の花見川区でケアプランの作成などを行っています。介護に関するご相談に応じ、役所や事業所との調整など、介護サービスのトータルサポートをしています。最初は1人で立ち上げて、今は3人で行っています。

ーずっと介護のお仕事をされているのですか。

僕は元々本屋さんでした。ご存知のように、街の本屋さんって厳しいですよね。週刊誌だったらコンビニだし、 ちょっとした本ならAmazonで買う。業態転換で1990年ぐらいから中堅の本屋が特に厳しい時期があって、それに準じて潰れてしまいました。

ー全く違う業種ですね!

はい、介護をやりたいっていう考えはずっとあったので、ちょうどいい機会だから飛び込んでみました。
ただ、介護保険が始まる「介護ブーム」の時で、介護をやろうとしてる人はすごく多かった。男性はいらないよって、全然採用されなかったですね。偶然東京の特養※に拾ってもらったんですが、たまたま事務次長が男性で、要は飲み仲間の枠でした(笑)。

※在宅での生活が困難になった要介護の高齢者が入居できる、公的な介護保険施設の1つ

入ってみると、当時の僕の職場は介護の「いろは」もなかった。出勤して挨拶したら、じゃああとはよろしくって。「その人を起こして」って言われても、起こし方もわからないし、そもそもこの人は誰?って(笑)。
やっていくうちに色々わかってきましたが、 最初は利用者さんからよく怒られました。でも、今でもそこでの体験は自分の1番の基礎を作ってくれたと思っています。

ーどんな基礎ですか?

こうやってはいけないとか、ああいうことはやめようとか、 逆にこういうふうにするとみんな笑顔になるよね、とか。

当時自分たちが今やってる介護はおかしいと気づいたのは、 三好春樹さんの本と講演を聞いてから。感激しました。全然違う世界があるんだと。ただおむつを交換して、食事を食べさせていればいいんじゃないんだと。その人なりの世界、「寄り添って」とよく言われますが、 そういう考え方です。

グループホームでの転機

ー特養を経て、次はグループホーム※に行かれた。

※グループホーム:高齢者、障害者など単独での生活に困っている人が、小人数で支援を受けながら一般住宅と同様のホームで生活する形態

はい、そこでホーム長になりましたが、とにかく少人数でケアができるっていうのがすごく楽しかった。当時の僕が1番衝撃を受けたのは入ってすぐ、入所してる方が亡くなった時にスタッフがものすごく大泣きしたこと。衝撃でした。大規模施設はもうそんな泣いてる場合じゃないですよね。思い出にふける暇もない。すぐに入所準備をしないといけないので。

ー忙しいですよね。

その時のことは今でも忘れない。それだけ関係性が近いわけですよ。こういう人たちと一緒に仕事できるのはなんと幸せなんだと思いました。

利用者さんについての、いろんなことに一喜一憂するんですよね。ものすごく心配するし、普通にそれが会話としてできるというのも、今の人たちからすると当たり前かもしれないけれどカルチャーショックでした。

ー人間関係があって。

家庭的な雰囲気の中で、その人に合わせて生活を作っていくんで、 それはすごく楽しかったですね。ほとんど認知症の方でしたが、落ち着けなかったり、早く帰りたいって言う人は、あの手この手で関係を作るんです。麻雀を4人でやって、スタッフに怒られたり(笑)。その人の生活歴を参考にしてその方が一番楽しいこと、そのホームでの役割を作っていく。それがたまたま雀荘を営んでいた方なのでとりあえず麻雀を一緒にやってみた、というわけです。

でもその人にとっては効果があって、 手のつけられないぐらい暴れたおばあちゃんがそういうことをやって、落ち着いて生活してくれて。いろんな僕らの関わりによって、どんどん変わっていくのを見て体感していくのは本当に楽しかった。

ーそこから居宅介護の支援に移られたんですね。

居宅に移ったのは、そこが1番最初だから。施設での仕事が長かったですが、もっと前の段階に関わりたいとは前から思っていました。自宅でどこまで「その人らしい」生活が送れるのかというのが、居宅の命になってきます。

介護の担い手側のサポートも視野に

ーこれからはどんなことをやっていきたいですか。

流石にベテランになってきたので、いろいろな事例をやってみて、僕自身や事業所の幅を広げたいというのが一番大きな目標かなと思います。もう一つは、対人援助職の心の問題。

ー介護をやるほう、ということですよね。

そう、やる方が疲れちゃう問題です。心理学を勉強して、活かしていきたいなっていうのは、もう1つの自分の今始めている夢です。大きなグループじゃなくて、数人のグループで話し合ったり、シェアしたりする活動を地域でやっていきたいなと。

地域の担い手さんっていうほどではなくても、いろんなところで繋がった人たちといろんなことを話し合って、ちょっとでも解決できたらいいなと思っています。講演のような大きいものではなくて、小さく継続的なものを作っていった方がいいんじゃないかなと思ってます。

ー職業訓練校の講師もされているとのことで、駆け出しの方に伝えたいことがあればお願いします。

介護を楽しむっていうことですかね。僕の世代だとものすごく違和感がある言葉なんですが、楽しい。楽しいです。
例えば「オリンピックを楽しもう」ってアスリートが言う時、真面目にやれとチャチャを入れる人たちがいますが、「楽しもう」っていう言葉が出てくるっていうのはすごいことですよね。

ー気持ちの余裕というか達観というか。

そういう考え方があるんだっていうのは、ものすごい勉強になる。介護を楽しむっていう気持ちをやっぱり忘れないで欲しいな。

「いしいさん家」の石井さんも、おばあちゃんたちとすごく楽しそうに過ごしていますよね。最近は自分より年下の40代・50代の人も脳梗塞などで介護対象になってきていますが、そういう人ともどうやったら楽しく暮らせるかなという風に考えていきたいですね。

ーありがとうございます!

居宅介護支援事業所「あしたば」http://hp.kaipoke.biz/17t/


編集後期

事業所名のあしたば(明日葉)は植物の名前で、今日摘んでも明日になるとすぐに立派な葉が育つのだそうです。花言葉が「明日の希望」。「明日が来ない今日はないわけで、今日がないと明日もない。明日という言葉が大好き」という村島さんは、柔らかい人柄の中に前向きな気持ちを持ち続けていました。お時間いただき、ありがとうございました。

取材・編集/きょん
八千代市在住5年の地元密着Webデザイナー&ライター。ADHDとうまく付き合いながら働く幼児2人の母です。